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出産を迎える前に「唾液力」を鍛えよう。マイナス1歳からの“感染”予防-前編-

 新型コロナウイルスの感染が拡大し、2年が経とうとしています。大切な赤ちゃんと生活する妊婦さんが、感染の不安を最小限に、健康に出産を迎えるにはどんな工夫ができるのでしょうか。

今回は、むし歯や歯周病などの細菌性感染だけではなく、ウイルス感染も防ぐ簡単な方法をお伝えしたいと思います。
お話を伺ったのは、神奈川歯科大学大学院 歯学研究科口腔科学講座環境病理学 教授・槻木恵一先生です。細菌やウイルス感染を予防する鍵が、「唾液」に隠されていることを解明され、様々な媒体で情報発信されています。

――槻木先生は普段、どのようなお仕事をされているのでしょうか

 口腔病理学を専門にしています。口腔病理学は口の病気を扱う学問で、病気の診断や、メカニズムを解明する研究をしています。その中でも特に「唾液腺と全身」の研究を進めており、もう18年ほど経ちます。
癌や自己免疫疾患など全身の病気を、唾液検査で見つける研究もしています。

――今回は、妊婦さんが健康に出産を迎えるためにできることをお聞きしたいと思います。先生が主に研究されている「唾液」と全身の健康の関係を教えていただけますか。

唾液と聞くと、ほとんどの人はあまりきれいなイメージを持ってないかもしれません。しかし科学的な視点から見てみると、イメージを覆すような、高い機能性を持っているんですよね。
まず、唾液の量と質(成分)の2つの側面があります。量の側面は、だいたい2002年くらいから知られるようになりました。例えばドライマウス(※1)は、話しにくくなったり食べづらくなったり、口が汚れるなど、口や身体の健康に良くないので、唾液の量が大切と言われるきっかけになりました。

口の中にはたくさんの細菌がいます。なのに、口の中がカビだらけにならないのはなぜだと思いますか?もちろん、口腔衛生や歯磨きなどの基本的な清掃があってこそですが、それだけではないんです。
歯磨きを1日3回、1回3分やったとしても合計約10分(※2)。残りの23時間50分以上は、唾液が口の中を守ってくれているんです。歯磨きができていると、唾液がうまく活動できる。であれば、さらに「唾液の質」を上げてみようと考えられるわけです。これからのwithコロナ時代、感染予防という点でも、とても重要と考えています。
特に注目しているのが、口からの感染予防です。それを担っているのが唾液中の抗菌物質、IgAです。

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――IgAは初乳にも含まれていますね。

はい。IgAは体の中で2番目に多い免疫抗体で、粘膜の表面でいろいろな細菌やウイルスにくっつき、風邪などの感染を防ぐ警察官のような働きをします。初乳のIgAは赤ちゃんに、唾液のIgAはお母さんの感染予防に役に立っています。口の中がきれいだと、その分使えるIgAの量が増えると考えていただくと分かりやすいかもしれません。

唾液の質は「お腹」に現れる

――唾液は、全身の健康にとても役に立っていることが分かってきました。その効果や働きは目に見えないので、なかなかイメージしにくいかもしれません。「唾液の質」のわかりやすいバロメーターはありますか?

そうですよね。「唾液の量」が減ってくると、口が乾いてしゃべりにくい、口臭が出てくる、飲み込みづらい、食べにくいなどの自覚症状が出るのでわかりやすいのですが、「唾液の質」は、口の状態だけでは判断できないんです。
「唾液の質」を決定する成分のうち、一番多いのがIgAです。意外かもしれませんが、お腹の調子がいいときは、唾液中のIgAも連動して上がってくるというエビデンスが積み重なってきています。これを、腸ー唾液相関と言います。
「腸活」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。発酵食品や食物繊維を食べて、お腹の調子を整えることですね。お腹の調子が悪いなと思ったら、唾液中のIgAが減っているかもしれない。「唾液の質」が下がってきているサインと思っていただいていいと思います。
私も、お腹の調子が悪いなと思ったときには、全身の免疫機能が落ちているんじゃないかと考えて、発酵食品を食べたり、いつもより丁寧に歯磨きをするなど工夫をしています。

――妊娠後期の妊婦さんの中には、便秘に悩まれる方もいらっしゃいます。産婦人科系の要因もあると思いますが、もしかしたら、口の中のIgAが減っているかもしれないと考えても良いのでしょうか?

はい、考えられると思います。

唾液の質=「IgAの量」を上げるには?

――スポーツ選手や、激しい運動をする人は風邪をひきやすいと聞いたことがあります。

強い運動をすると、身体にストレスがかかってIgAが下がってしまうという論文は多くあり、エビデンスが積み重なってきています。唾液のIgAを増やすには、手を上げ下げする、首を回す、腕を回す、前屈など、座っていてもできるような軽い運動やストレッチ、散歩、軽いヨガもいいですね。論文的には、7000歩がちょうど唾液が増える歩数のようです。

――食事に関して、なにか工夫できることはありますか?

よく噛むと、咀嚼唾液反射によって唾液が出てきます。同時に、唾液中のIgAも増えるのが分かっています。ガムを噛むと増えるという論文もありますね。
「何回噛めばいいですか?」とよく聞かれるのですが、回数を数えることはあまりおすすめしていません。というのも、咀嚼はとてもリズミカルな運動だからです。私たちは、最初に食べ物を噛んだあと、実はあまり意識しないで噛んでいます。数を数えてしまうと、咀嚼のリズミカルな運動にストレスがかかるんですよね。
それよりも、少し食材を大きく切る、噛みごたえのあるものを混ぜる、ご飯の一口量をちょっと減らすなど、自然に咀嚼回数を増やす方がいいかなと思います。他にも、納豆やヨーグルトなどの発酵食品や、腸内細菌の餌になるような、わかめなどの食物繊維を積極的に食べるのが良いですね。

新型コロナウイルスにかかったことがなくても、約47%の人には抗体が存在する

――槻木先生の研究チームは、ヨーグルトを継続的に摂取すると、唾液中のIgAが増えるだけではなく、インフルエンザウイルスに反応するIgAも増えることを発見(※3)されました。新型コロナウイルスの場合はどうなのでしょうか?

実は、新型コロナウイルスにかかったことがなくても、それに反応するIgAを持つ人がいることが分かっています。私たちの研究(※4)では、新型コロナウイルスにかかったことがない方のうち、約47%の人が、新型コロナウイルスに反応するIgAを持っていたという結果が出ました。その人たちの唾液から、中和反応(抗体がウイルスなどの抗原と結合する反応)を調べてみると、約20%が抗原をブロックしていました。唾液中のIgAの効果はあると思っています。

どうしてかかったことがないのに新型コロナウイルスの抗体が出てくるのかと言うと、過去に、いわゆる風邪のコロナウイルスにかかった経験が、免疫の中に記憶されているからなんです。

新型コロナウイルスと、過去のコロナウイルスの似ているところが免疫に記憶されている場合、過去のコロナウイルスの抗体が、新型コロナウイルスにもくっついてくれるケースが、47%あったということです。今もう少し詳しく調べているところですが、小さいお子さんのほうがその抗体を持っている率が高そうです。
反応するIgAの率と量が多いのは30〜40代で、子どもは、持っている率は高いけれど量はあまり多くないようです。50代以上になると、半数以上が抗体を持っていない。これは、免疫の老化が影響していると考えられます。

――「唾液の力」について、こちらの本にもとても分かりやすく書かれていますが、もう少しお話を聞かせてください。

続きは後編へ。

(※1)ストレスや薬の副作用などで口の中が乾燥する状態。
(※2)1日合計10分歯を磨くことを推奨する意図はありません。
(※3)Yamamoto Y et al.(2019), Effect of ingesting yogurt fermented with Lactobacillus delbrueckii ssp.bulgaricus OLL1073R-1 on influenza virus-bound salivary IgA in elderly residents of nursing homes:a randomized controlled trial, Acta Odontol. Scand., 77(7):517-524.
(※4)〔プレスリリース〕神奈川歯科大学研究グループが新型コロナウイルス非感染者の唾液中にS蛋白に対する交叉IgA抗体を発見 | 学校法人神奈川歯科大学 | KDU http://www.kdu.ac.jp/corporation/news/topics/20210614_pressrelease.html

槻木恵一教授の紹介

1967年12月東京生まれ。歯科医師。
2007年4月より神奈川歯科大学教授。専門は環境病理学、唾液腺健康医学、災害歯科医学、近代歯科医学史。口腔ケアの重要性と唾液の働きを「唾液力」と命名し、テレビだけではなく、各種女性誌でのわかりやすい解説が好評。
著書に「ずっと健康でいたいなら唾液力を鍛えなさい」「唾液サラネバ健康法」など。

インタビュー・執筆・編集:芹田枝里
二児(小学生兄妹)の母。神奈川県在住の歯科医師。

ママーレコーレ編集部

ママのあれこれを皆でシェアしたい」という想いに共感して集まった、あれこれ肩書きを持った人たち。