6人目の赤ちゃんが生まれました~出産の記録とこれからのこと~ | 菊地加奈子さん

2019年8月13日。わが家にとって第6子となる五女が誕生しました。
偶然にもこの日は第5子四女の5歳の誕生日。5番目と6番目の子が同じ誕生日になるという奇跡も重なりました。
忘れないうちに出産の記録を留めておきたいと思います。

<臨月~出産まで>

妊娠を少しずつ受入れながらとにかく目の前のことと向き合ってきた8カ月。プライベートでは新しい家を購入してライフスタイルも少し変わりました。子育てでは幼児の子育て以外にも第一子の高校受験と第二子の中学受験と向き合う娘と夜遅くまで話(説教)をしたり。

仕事上では、
①2冊目の本の出版
妊娠前からコツコツ書いていた本を何とか出版することができた。(ひとりでできる 必要なことがパッとわかる 人事・経理・労務の仕事が全部できる本

②オフィス移転
オフィスが手狭になり、同じビル内にもう一つ借りることとなり、内装工事や備品の発注が急ピッチで始まりました。

③社労士事務所の体制変化
保育関係の新しい仕事が立て続けに入り、新しい職員さんが入職、それによって事務所の体制も大きく見直し。事務所内研修なども行いました。

④その他
地方出張も毎月たくさん。結局、出産1週間前まで遠征しました。

結局ギリギリまで仕事が詰まっている、そんな日々。計画分娩ではないため、いつ生まれるか分からないスリリングな状況の中、いつも細かくスケジュールを確認し、何かあれば事務所で共有するよう心がけていました。

でも妊娠中は恐ろしいほど頭が働かなくなり、仕事のミスが重なって自信を無くしたり、足の浮腫が大変なことになったり、産後のことを考えて精神的に不安定になったり・・・人知れず涙したことも数知れず。

それでも妊娠初期に感じた戸惑いや不安は少しずつ薄れて覚悟に変わり、妊娠を自分なりに受入れられていったと思います。

<出産直前>

事務所の工事が無事に終わり、お盆に入る三連休の初日に一人出勤して自分の荷物を整理。何とか一区切りできて安堵の気持ち。今回の妊娠生活ももちろん頑張ってきたけれども、専業主婦から振り返って3回もの出産を重ねながら前進して来れた達成感のようなものも感じられました。


2日目と3日目はプライベートの時間に。予定日自体はまだ先だったのでそこまで深く考えていなかったのですが、今となっては本当に最後の最後で子どもたちと良い時間を過ごせたと思います。
映画を観て、おいしいものを食べて、好きなものをたくさん買って、たくさんおしゃべりして・・・

何となく陣痛の気配があり、心の中でソワソワしたのですが家では普通に夕飯を作ってみんなで食卓を囲んでいました。

小さい子たちもアイスホッケーに自宅プールに、地味だけど普段の夏休みを楽しんで。

連休最後の夜、小さな子たちと自宅に帰ってきて夕飯の支度をするころから定期的なお腹の痛みに変わったのが分かりました。
でも病院に行くとしても翌朝だろう、と妙に冷静になりながら夕飯を片付け、ゆっくりお風呂に入って最後のお産の荷物を準備。子どもたちにも言い聞かせてそれぞれ朝すぐに病院に行けるように。
気がかりだったのが翌日は末娘の5歳の誕生日だったこと。
もしかしたらパーティーできないかも・・・と伝えると、
「だいじょうぶ」と言いながらサラサラッとお手紙をくれました。

<出産当日>

夜中、ところどころ眠りながらも陣痛の間隔を測ると朝の5時前にはぴったり10分間隔になっていたので予定通り病院へ。
連休明けのお盆週間ということもあり、子どもたちの塾も習い事も全部お休み。こういう絶妙なタイミングも赤ちゃんの計らいでしょうか。

のたうち回るような痛みではないものの、やはり子宮口は3-4㎝くらい開いていて、経産婦ということもあり陣痛が進んだら早いだろうということで即入院となりました。

大学病院の比較的新しい産科病棟。LDRなので陣痛~分娩への移動もなく分娩台の上ではあるもののゆったりと過ごせます。ただ、子どもの入室はできず、外で待たせることに。5人いると親戚の集まりのように楽しそうに盛り上がって遊んでくれるのが助かりました。
しかし。
赤ちゃんも下がっているから午前中には産まれるかもね、と言われていたにもかかわらず、
この日は台風の前だからなのか、お産がものすごく重なって次々と後から妊婦さんが来て叫び声とともに元気な産声にもらい泣きする・・・そして「人ごとじゃないってば!」と我に返る、を繰り返しているうちにあっという間に昼食が運ばれてくるという・・・
今となってはこの時点ではまだまだだったのだけど、助産師さんからは「辛いと思うけどちょっとでもつまんでね。体力付けてご飯を食べたら一気に進むこともあるから」と言われたのを覚えています。この時点でも結構辛そうにしていたのでしょう。
今思い返すと全然序の口だったのですが。

そしてさすがに子どもたちも限界だと思って一度自宅に帰すことに。

あまりにスローなので本当に陣痛が来ているのだろうかと不安になるものの、定期的な痛みはあってトイレに行くと出血もしており、確実に出産へ向かっているのは感じられます。

ちなみにずっと一緒にいてくれている夫はというと・・・
これまでの経験上、あまり甲斐甲斐しく世話を焼くと陣痛が進まないということから「普段通り」を心がけると言い張り、
昼食に焼きそばを買ってきて食べた後、足りないと言って親子丼とおそばも買い足してきて、満腹になるといびきをかいて昼寝を始めました。

ここ、キレるところなのかもしれませんが夫なりの気遣いなのだろうと笑って受け止めました。

分娩台の上で朝食も昼食も食べる私。陣痛の合間には深い眠りに落ちてしまい、何度も「また寝てしまった・・・」とハッとする。時計を測ると来たときよりも陣痛の間隔が延びていて焦る・・・
時間は刻々と過ぎているのに1時間経つのがとても早く感じました。
合間に仕事の連絡などもする余裕。

痛みは少しずつ強くなり、モニターに表れる陣痛の強さを示す数値も朝よりも倍くらいに。高い数値になるとナースステーションにもアラートが鳴り、何度も助産師さんが来てくれるも間隔が縮まらないのでお産に進まないという状況が続きました。もしかしたら私が痛みに強すぎてこのままゆったりペースで進んでスルッと産まれるのかな、なんて淡い期待も持ちましたがそうはいかず。

もしやこのままいくと翌日になるか、と思った夕方。初めて医師の回診があり、「これだけ長引くとお母さんの体力が消耗してしまってかわいそうだからそろそろ促進剤を使いましょうか」と。

促進剤。別に自然なお産にとことんこだわるわけではありませんが、これまでずっと助産院で出産してきた私にとってまったく初めての薬であったことと、薬って普通は痛みを緩和したりするはずのものなのに激しい痛みを生み出すものを身体に入れていくなんて・・・まるで死刑宣告されたような恐怖を感じたのでした。

<ここからがお産本番>

同時にお腹の赤ちゃんも同じ危機感を持ったのか、急にやる気を出して強い痛みが普通にやってきました。

それはそれでどちらも苦しかったわけです。

夫が子どもたちを車で迎えに行こうとしましたが上のお姉ちゃんたちに託して電車で来させることに。

バタバタとお産の準備がスタート。私の中ではもう準備万端かと思っていたのですが(病院出産は本当に初めてだったので勝手が分からない)分娩台の椅子がお産仕様に変わり、私の体勢も足を広げられたお産スタイルに変更させられ、温かいお部屋の天井から手術室のようなライトが出てきて、
同時に自然と声が大きくなる自分に動揺しながら夫の手を握りしめて酸素マスクを装着されました。もうこの段階では大絶叫。

一応5回も出産を経験しているのでお産の流れは分かるんです。
でもこんなに痛いのにどう考えてもまだ頭が出てくるとは思えない・・・
せめて早く破水して、と思うも破けない・・・
先生が来て、麻酔するか切るかして早くこの状況を何とかして、と思うも内診されてグリグリと指を突っ込まれて悶絶。

破水しないので人工破水。ぶわっと水が出る瞬間は毎回グッとくる。

少しして「子宮口全開大になりました。好きなようにいきんでいいですよ」と言われたときには「とっくにいきんでるよー」と思いつつ、全開大ならスルッと出るはずといきんでみるもやっぱり頭が出るには相当の力が必要で・・・
数回の大絶叫による渾身のいきみでようやく頭が出て、ニュルニュルと全身が出てきてくれました。もうこの時は意識を半分失いかけていました・・・

子どもたちはこのくらいのときに到着したようなのですが、外まで響き渡る母の絶叫に小さい子たち、完全に恐怖で固まった模様。それをお姉ちゃんたちが見事にフォローしてくれていました。

ママの叫び声のあとに赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、みんなで良かったね、って言ったよ。

後で涙声で子どもたちがお部屋越しに電話をくれました。

夕方5時55分。第6子、5女の梨月(りんか)です。
2,508g、6人の中で一番小さな子ですが一番苦しいお産でもありました。

会陰切開などはしなかったようで傷もなく、その辺りはとてもほめられました。いやいや、普通に苦しかったです。
でもやっぱり、あれだけ悩んだ妊娠でしたがわが子を見るとそんなこと忘れるくらい、ただただ「この子と会えて良かった」と思えました。

産後の処置と2時間の安静を終えたとき、ちょうど面会時間終了間近。
ギリギリのタイミングで子どもたちに会わせることもできました。

堪えながら待っていてくれていた3女と4女は涙しながらも回復した母の姿に安心してくれました。

<私のペースで>

病院は基本、母子同室ですがこの日ばかりは歩くのもガクガクなくらいだったので新生児室で見てもらうことに。

これまでの私ならきっと、「母親なんだから、産まれた直後から母親らしくそばにいなきゃ」と頑張ってしまったかもしれませんが、良い意味でこだわりが取れていました。

お産当日の夜、しっかり休めて良かったです。

これだけお産が重なって相部屋になりそうと言われていたのに奇跡的に残っていた個室のおかげで翌日から子どもたちも面会に来れるように。

長女はまるで母親のようです。

同じ誕生日になった5番目の子。一番出産を楽しみにしていました。

帰る気配なく、6時間居座っていました。私も気にせず寝ましたが。

梨月ちゃん、お産の進み方もそうでしたが母乳の飲み方もとてものんびり屋な感じの子。でも目ヂカラだけはすごいです。

ここから6人の子育てと仕事の両立がスタート。

前回とも仕事の質、立場や責任も異なります。

子どもの特性によってペースも全く違うでしょう。

正直、不安でいっぱいでもあるのですが、変なこだわりや思い込み、周りからのいろんな意見に振り回されず、冷静に決断していくことが一番だと思っています。

負荷の感じ方も仕事の内容も家庭環境もパートナーの性格も同じ人なんていないわけで。

外部の良い夫イメージとはほど遠い夫ですが、私のような人間にとっては多分、一番頼りになる存在です。

仕事もとてつもなく忙しそうで無理していそうに見えるかもしれませんが、夫の存在や事務所の優秀なメンバーとの連携のあり方のおかげで本人はそれほど苦労していなかったりするものです。

いかに自分に正直にいられるか。
無理を無理と感じられるか、ちょっとの工夫で乗り越えられるものなのか、心から甘えられる信頼できる仲間を作れているか。

これからはそういう部分を大切にしていけたらと思っています。

産後、ちょうど48時間が経ちました。
2日目の母子同室だった昨晩は何度も何度も泣かれて起こされ、眠気ピークの私は産まれたばかりのわが子を落っことしそうになる始末。
でも翌日、打って変わってびっくりするくらい長く寝てくれるようになりました。私もここで大分体力回復しました。

5人目の子の新生時期の写真を見返した昼間。見ていただけで当時の苦労がよみがえってきて不安な気持ちでいっぱいになってしまいましたが・・・

でも。
子ども6人抱えた経営者。当たり前に生きていたらやっていけません。
しっかり自分と向き合って、たまに甘えつつ、正直になりつつ、それでも自分なりに新しい世界を切り拓いていけたらと思っています。

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