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【和痛分娩】緊急搬送、妊娠高血圧症を経た私の出産記録〜裂けた腹筋は元には戻らない②〜

3.つかの間の平穏

その後は、産んだ直後どこかに連れて行かれた赤子と初ご対面。2時間ほど過ぎていたと思う。カンガルーケアという、横になったまま胸元で赤子を抱え、初乳を与える。ものすごい勢いで探し当てて吸い付きにかかる様を見て、生き物ってすごいなと思った。なぜわかる?

お腹で抱えていた時よりすごく軽い、というのが印象的だった。びっくりして小さめですか?と思わず聞いたけれどそんなことはなかった。それくらい、生まれたての赤ん坊は小さいものであるらしい。5分、10分くらいで終了し、回収されていった。その後、点滴を打たれながら、抗生物質のんで小休憩。足には、エコノミー症候群を予防するためのマッサージャーが取り付けられた。

日付変わって0時ごろに、色々書類とか若干書いてその日は終了した気がする(この時書いたのが、出生届の書類だったらしい。気づいてなかった)。適宜採血だか血圧チェックだかあった気がするけど、もう詳細は覚えていない。
麻酔の管をつけたままにするか確認される。どっちでもいいなぁと思っていたけど、産科の先生は後処理の時にも使った方がいいのではと言っていたらしいので、そのままにしてもらうことに。後処理の麻酔代が追加されないと言われたにも大きい。

4.翌日の後処理

 その晩2、3時間はまとまった睡眠とったと思う。適宜バイタルチェックを受けながら、4、5時からうつらうつら覚醒。下半身は管が繋がってるので当然モゾモゾ気になるし、会陰の縫合も痛い。お腹も空いてた気がする。そういえば、一昨日の夜を最後に何も食べていない。なんということだ。食べずにお産乗り越えたのか自分は。
6時ごろから処置されたところの違和感が、だんだん痛みとして感じられるように。慎重に体の向きを横や正面に交互に変えつつ耐える。そのころから、麻酔をいつ打つのか、そもそも処置がいつ始まるのかずっとソワソワすることになる。

7、8時ごろ
陣痛ほどの痛みじゃないけど、陣痛のように間が開くわけでもない鈍い痛みがずっとある。
この頃はもう早く処置してくれという気持ちでいっぱいだった。

9時ごろ
後処理で麻酔使うことほとんどないよーと麻酔科の先生に言われながら、麻酔が入る。昨日のとは違うらしく若干ピリピリするが、即効性あるようで、痛みが引いていく。本当に麻酔は神。さぁいよいよ処置が開始される。解放されるまで後少し。

昨晩とは逆の手順でガンガン詰め物がとられていく。大量に詰められた脱脂綿か何かをズルズルズルズルズルズルズル…と出されていく。すごい変で嫌ぁな感覚で地味に辛い。それが終わるとバルーンに入っていた液体が抜かれて、バルーン自体も取り出された。ちゃんと血が止まっていて問題なさそう。
立って歩けてご飯食べてって出来れば尿管も外そうと言われ、目が輝いたと思う。シャワー浴びたい、ご飯食べたいと出産終わったタイミングからずっと言っていたけれど、ようやくごはん…!!と、その前に、全身も頭もべたついて気持ち悪いので、用意していたドライシャンプーをふりかけまくる。入院中、一番持ってきてよかったと思うものである。
そうして、実に33時間ぶりのご飯にありついたのであった。

しかし若干麻酔が残っていて左足がめちゃくちゃ重い。しかし!次はシャワーと意気込んでいる私は、やる気に溢れていた。おトイレまで3メートルくらい。それくらい余裕だろうと思っていた。が、しかし。そこへ向かうのすら、のそのそでふらふら。1回目は途中まででLDRへリターン。ちょっと休んで、2回目。さっきより慎重に歩いて、なんとかトイレ入り口まで行けた。頑張った甲斐があり、尿管外してOKとなる。定期的な点滴は続く中、30時間ぶりくらいにベッドから出れて自由の身に…!!!これにてお産処置終了。
初めてのトイレは、便座に座った状態でナースコールが義務。見守られながら立ち上がる。産後って大変だ。

さて次はシャワーに入りたい私。無理せず明日がいいのではと看護師さんには何度か言われるが、ご飯食べたり、トイレ行けたりしたので、意外と元気だねという事で許可が出る。気持ちよかったです。座って入ったのでおまたは痛かった。痛み止め万歳。落ち着いてくると、緊急入院故に手続きが何もできていないことが気になりだす。手続きのためには階を移動しないといけないらしく、じゃあそこまで午前中で行っちゃおう!と勢いに乗っていたが、流石にNGがでた。

翌日向かった時に実感したけれど、感覚的には元気でも体は貧血状態。おまけに大ダメージも受けている。産後二日目でも、エレベーター移動を含めて往復500mくらいの距離で動悸がした。お産って、前も後も大変だ。

5.あれから半年

 なんだかんだ大変だったお産。流れに身を任せるしかなかったといえば、それまでだけど、本当に予定通りなんてそうそういかないものなんだなと思う。

振り返って思うのは、医学の進歩に、現代医療の発展にとても助けられたということ。時代が時代なら、それこそ100年かそこら前であれば私は死んでいただろうなと思う。だいぶ助かるようになったとはいえ、お産が命懸けなのはきっと変わっていない。大袈裟かもしれないけど、妊娠・出産は病気や怪我ではないけれど、生と死と隣り合わせの事象であると声を大にして言いたい。今は赤子のいる生活にも慣れて、あの時の痛みや不安はもう忘れつつあるけれど、助けてくれた方々への感謝を忘れずに今日も明日もなんとか生きていきたいなと思う。
これから出産を迎える方、または、もしかしたら、万が一、限りなくそのつもりはないけど、もう一度出産するかもしれない自分へ。お産の予定は未定だよ。覚えててね。

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ママーレコーレ編集部

ママのあれこれを皆でシェアしたい」という想いに共感して集まった、あれこれ肩書きを持った人たち。