【和痛分娩】緊急搬送、妊娠高血圧症を経た私の出産記録〜裂けた腹筋は元には戻らない①〜

 2021年4月に、和痛分娩で出産されたeryさんの出産レポです。産院から大病院に緊急搬送されたり、妊娠高血圧症を発症したり、さまざまなハプニングを経験されました。「お産というのは本当に最後まで何が起こるか分からないんだなぁということを、身をもって体験してしまった」と振り返っていらっしゃいます。どんなドラマがあったのでしょうか。


 二度目以降の経験があるのか分からない。だから、記録として残しておこう。
ふとそう思い、久々に文章を認めてみる。私の出産の流れとしては以下の通り。

1. 時々高血圧のきらいがありつつ順調
2. 1週間前までは予定日から超過する見込み
3. 予定日前日に近隣の大病院へ緊急搬送(人生初救急車乗車 on my birthday!)
4. 予定日に、前駆陣痛・本陣痛・誘発・和痛分娩で出産

まとめるとこの程度だけれど、緊急搬送から産後までが何もかもが想定外だった。最終的には分娩室にドクターが2人もついて、なんだか気分は大手術。お産というのは本当に最後まで何が起こるか分からないんだなぁということを、身をもって体験してしまった。これからご自身・パートナーが出産を迎える方へ。

目次

  1. 予兆
  2. 出産予定産院から大病院へ緊急搬送
  3. 陣痛
  4. 和痛(無痛)の処理
  5. 長い陣痛との戦い
  6. 出産

1.予兆

 始まりは予定日2日前。
日課の散歩をしていると、なんとなく、いつもと違う気がした。
妊娠後期にもなると、常にお腹だったり恥骨だったりが痛かったのだけれど、この日は少しお腹が苦しいような感覚。念のため多い日用のナプキンを利用しつつ就寝。翌朝、鮮血っぽいものでナプキンが染まる。前日の自分グッジョブ!!と内心ニヤリ。

お昼ごろに出産予定の産院で検診の予定があったため、それまでの間、生理痛っぽいものに耐え続ける。多分、ここで耐えるべきではなかったと思う。私は結果的には問題なかったけれど、一刻を争う可能性がないとは言えないから。
それはそれとして、この時の私は料理を始めていた。
この日は自分の誕生日で、夫にも良いケーキを頼んでいたし、夕飯もちょっと豪華にしようと思っていた。もしこのまま入院となったら、昨日買ったアボカドがダメになる!と慌てていたのだ。そんなこんなで、アボカドのチーズイン肉巻きは完成し、冷凍まで完了した。

もし入院したら、と考えて行動していたけれど、この時は本当に入院するとは思っていなかった。お家でケーキを食べるために帰る気満々であったし、入院セットも持たず、身軽に産院へ向かった。
まさかそのまま産院から救急車で近隣の大病院へ搬送が決定してしまうなんて、一ミリも想像してなかったし、もちろん、頭の中で描いていた出産の流れにも想定されていなかった。いきなり出鼻を挫かれた思いだったけれど、一つ言いたい。アボガド処理して出かけた自分、本当にグッジョブ!

2.出産予定産院から大病院へ緊急搬送

 出産予定の産院に到着した私は、朝に出血があったことを伝えるとすぐに診察に回された。この時測った血圧は、何度測っても140/90 越えと高め。
診察の結果、こちらの産院だと破水かどうか判断が難しく、破水じゃない場合の胎盤剥離の可能性があると言われる。この時はもう生理痛のようなものもなく、ぴんぴんと元気だったので、びっくりしかできなかった。全く自覚症状なし。

胎盤剥離だと産院では対応できないということで、あれよあれよというまに大病院へ緊急搬送されることに。そうして、人生初の救急車乗車。救急車内の匂いが何かの匂いに似ていたと思うけれど、ど忘れ(´゚◞౪◟゚`)特に陣痛もなく、元気な状態で乗ることに若干の申し訳なさを感じる。

大病院へ到着後、色々と情報が引き継がれつつ、診察を受ける。結果、今朝の出血は破水で胎盤剥離はないだろうとのことで、ひとまず安心する。しかしながら、相変わらず血圧は高数値を叩き出し、結果として、「妊娠高血圧症」であるとしてそのまま管理入院することになった。

この時点で、明らかな陣痛は認められないけれど、破水済みということで今週中には確実に出産することが確定し、さっそく翌朝7時に誘発を行うことが決まる。まさかの予定日当日である。
ちなみに、出産予定日というのは確定された予定ではない。正期産である37〜41週を算出するための目安として設定されているのであって、その日に生まれる確率がとても高いというわけではない、らしい。

ここまで急展開に流されていたが、落ち着いたところで不安に覆われた。知らない場所で、初めましての方々と出産。バタバタしていたからか、若干の連絡ミスがあったりして、メンタルに少しばかりダメージを受け、泣いてしまったり。
夕飯時になり、ご飯食べたら少し回復。よく考えれば、朝にアボカドの味見をしたっきり何も食べていなかった。夕飯のメニューがビーフシチューで、尚且つ結構美味しかったのは効果大。妊婦のみなさんは、いつ何時食べれなくなるかわからないので、妊娠後期になったら小腹満たし用の食べ物を持ち歩くといいかもしれない。

3.陣痛

 緊急入院で通されたのはLDRという、陣痛(Labor)、分娩(Delivery)、産後の回復(Recovery)までを過ごすために作られているお部屋で、実質個室だった。妊娠高血圧症のため、心電図や血圧、酸素濃度を計測できる機器に繋がれた状態で分娩台でもあるベッドでゴロゴロ。寝心地は良くも悪くもない。

23時過ぎるころ、翌日に備えて寝ようとしたところじわじわと前駆陣痛がやってくる。その夜はひたすら10~15分間隔でやってくる痛みというか苦しみに耐える時間だった。耐えれるレベルの痛みだが、決して寝かしてはくれない。なんてこった。

7時前には、5、6分をきる間隔になったのでナースコール
5時台から10分切っていたことを伝える。この頃から痛みが強くなる。自然に陣痛がきたので、誘発はひとまずなくなる。内診の結果は、子宮口はまだまだの3cm

8時ごろ
徐々に大変に辛くなる。麻酔はいつでも入れらるからね〜と助産師さんや看護師さんに言われる。

9時ごろ
痛みでのたうち回る。頭痛も酷く、ベッドの縁に頭突きして緩和しようとする。とにかく痛い。5分間隔で死にそうになる。見かねた助産師さんが麻酔科の先生に聞きに行ってくれるが、まだ様子見という回答。絶望する。本当に。目の前にある窓から飛び降りたいくらいだった。

9時半〜10時ごろ
産科のお医者様に内診される。この時はとにかく辛くて、フーフー呼吸しながら頷くか首を振るかしかできない。痛みで泣いてた。正直この時内診してくれたドクターの顔は認識できていない。男の人だった気はする。
助産師さんが「辛そうなので、麻酔科の先生を…」と言ってくれてたことは覚えてる。

なぜこんなに時間を覚えているかというと、ひたすら時計を睨みながららツイッターをしていたからである。叫ばない代わりにひたすらツイートをしていた。ツイ廃の鑑である。

次ページは4.和痛(無痛)の処理 です。

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